RADWIMPS『マニフェスト』の今までにない歌詞解釈!!『明日があるさ』との共通点?

みなさんこんにちくちびる👄

コンタクトを作りに行ったら目が小さ過ぎて入らず、医者に心配されたジョーです!!

今回はRADWIMPSマニフェスト』と坂本九の『明日があるさ』に共通点を見つけたのでそれを紹介したいと思います!

 

まずは『マニフェスト』を聴いてみてください!

 

それでは歌詞を見てみましょう!

 

僕が総理大臣になったら 日本国民一人ひとりから
一円ずつだけもらって君と 一億円の結婚式しよう

僕が総理大臣になったら 一日を25時間にして
最後の一時間だけはみんな 愛の営みのために使おう

僕が総理大臣になったら たとえいくら無駄と言われようが
君の家まで電車走らせよう 終点は僕の家までにしよう

その変わりと言ってはなんだけど 日本の国民一人ひとりの
一番大切な人一人の 誕生日を休みにしてあげよう

そして 晴れて 君が 僕の
文字通りの マイファーストレディー

僕が総理大臣になったら 僕が総理大臣になったら
僕が総理大臣になったら 君の誕生日を祝日にしよう

僕が総理大臣になったら 僕が総理大臣になったら
僕が日本の内閣総理大臣になったら そうするよ

僕が総理大臣になったら 君を苦しめる全てのものを
僕の全てをかけて苦しめよう 最後はこの国から追い払おう

僕が総理大臣になったら 僕らにまつわる全てのことを
この世界の歴史として刻もう 一つ残らず教科書に載せよう

だから 僕に 清き 熱き 夢の 愛の 一票をください

僕が総理大臣になったら 僕が総理大臣になったら
僕が総理大臣になったら 国旗は君のあの形にしよう

僕が総理大臣になったら 僕が総理大臣になったら
君を造り上げたパパとママに 国民栄誉賞を贈るよ

たくさんはいらない 使う宛もない
あなたからの 一つだけでいい

確かなことは 蓋してた鼓動
揺らしたのは あなただってこと

僅かな希望は あなたからの
投票一つを 頂くこと

その一つを この両手で
受け止めて みてみてみてみたいんです

野党も与党も ヤジも罵倒も
やめにしようよ なしにしよう
そんなことは損なこと そんなとこ にしとこう

火曜も土曜も雨の日も 変わらぬもの探したよ
そしたらここにあったよ そしたらそこにあったよ

僕は総理大臣じゃないけど 僕は総理大臣じゃないけど
僕は総理大臣じゃないけど "一番"の意味を 知っているよ

僕は総理大臣じゃないけど 僕は総理大臣じゃないけど
そんなもんに なるまでもなく
君は僕の そう ファーストレイディー

 

歌:RADWIMPS

作詞:野田洋次郎

作曲:野田洋次郎

 

この歌は総理大臣になったら、愛する君のためにささげよう、という、恋愛ソングなのですが、この「僕が総理大臣になったら」というフレーズが繰り返しである点に注目してください。

 

続いて「明日があるさ」です。

 

歌詞を載せます!

いつもの駅でいつも逢う
セーラー服のお下げ髪
もう来る頃 もう来る頃
今日も待ちぼうけ
明日がある 明日がある 明日があるさ

ぬれてるあの娘こうもりへ
さそって上げようと待っている
声かけよう 声かけよう
だまって見てるボク
明日がある 明日がある 明日があるさ

今日こそはと待ちうけて
うしろ姿をつけて行く
あの角まで あの角まで
今日はもうやめた
明日がある 明日がある 明日があるさ

思いきってダイヤルを
ふるえる指でまわしたよ
ベルが鳴るよ ベルが鳴るよ
出るまで待てぬボク
明日がある 明日がある 明日があるさ

初めて行った喫茶店
たった一言「好きです」と
ここまで出て ここまで出て
とうとう言えぬボク
明日がある 明日がある 明日があるさ

明日があるさ 明日がある
若いボクには 夢がある
いつかきっと いつかきっと
わかってくれるだろう
明日がある 明日がある 明日があるさ

 

歌:坂本九

作詞:青島幸男

作曲:中村八大

 

続いて『明日があるさ』では、「明日がある 明日がある 明日があるさ」というフレーズの繰り返しになっています。

 

『マニュフェスト』の構造は「僕が総理大臣になったら」君への愛をどう表現するか、というものの反復であり、『明日があるさ』の構造はなかなか好きな子への一歩が踏みだせないが、しかし「明日があるさ」というものの反復です。

この「反復」がこの2つの歌の共通点なのですが、なぜ「反復」すると良いのか、というのは2つの理由があります。

1つ目は「強調」です。AKB48の『会いたかった』もサビで「会いたかった 会いたかった 会いたかった」と繰り返すのですが、こうすることによって、書ける内容は減るものの、「会いたかった」ということが強調されるのです。

2つ目の理由は「異化」です。このブログでは度々登場しているのですが、以前はAimerの『蝶々結び』の際にこれが使われていると紹介しました。

この「異化」は「石を石らしくする手法」であり、「石」を石と言わないで、「ゴツゴツした河原にある灰色の物質」などと表現すれば、その言葉の違う側面が見えてくる、というものでしたが、今回は違う角度からこの「異化」を説明します。

 

実は「反復」は「異化」を産み出すのです。これはなぜか。

ピナバウシュというドイツの舞踏家がいるのですが、このピナバウシュの舞台で抱擁を繰り返すものがあります。

何度も抱擁を繰り返し、演者が疲れると、黒子が出てきて演者を支えることで、抱擁がずっと反復されるのです。

この反復によって「抱擁」という言葉の意味が消されて、「抱擁」の本質的なものが見えてきます。

このように「反復」によって「異化」が産み出されるのです。

つまり「反復」することによって『マニュフェスト』では「総理大臣」という言葉の本質が見え、『明日があるさ』では「明日がある」という言葉の本質が見えるのです。

それではみなさんさよならリップ💋